
しずかな夜に
とてもとても おおきな海の
ごくごく はしっこのほうで
ひとつぶの みずのしずくが
ぽとん、と 空から おちてきました。
海は それに気づいて
すこしだけ 目をとじました。
「また ひとつ うたをもらったね」
だれかが そんなふうに つぶやいた気がして
風が かるく ゆれていました。
海には ときどき
そらから ことばのようなものが おちてきます。
でも どれも 文字にはならないし
声にも ならないまま
ただ うすい水になって
ぽとん、ぽとん、と
おちてくるだけ。
それでも 海は
それをうたのように うけとめて
とても ふかいところで
すこしずつ やさしく しずめていきます。
海のすこし なぎのほうに
ぽかんと うかんだ 岩がありました。
そのうえに ひとり
ちいさな どうぶつが すわっていました。
色は すこし うすい灰色で
かたちは まるくて
ちいさな てと あしと
ふしぎな みみをもった
しずかなどうぶつ。
名前は ありません。
どうぶつは 毎日
すこしだけ 遠くを ながめます。
おおきな船が とおくをとおった日もありました。
きいろい声が はしっていった日も
なにも聞こえなかった日も
ぜんぶ 海のなかに しまわれていきます。
夜になると
空と海の あいだが にじみます。
みずと 空の きわが
だんだん わからなくなって
星が ひとつ
波のなかに しずんでしまうこともあります。
でも
海は おこりません。
なにも もとめません。
ただ だまって
そのひかりを ふかく うけとめて
すこしだけ きらり、と
ゆらしてみるだけです。
ある夜
どうぶつは そっと 海にききました。
「きみは ひとりで さみしくないの」
海は こたえませんでしたが
ひとつの波が そっと 岩を なでました。
それは こたえではなく
ただの あいさつのようでした。
それから しばらくして
どうぶつは ゆっくりと たちあがって
すこしだけ 足もとを 海にしずめました。
すると
海のなかから とてもとても こまかい音がしました。
それは 砂のなかの貝が
とてもひくい声で なにかを うたっているようで
あるいは
だれかの おもいでが
ふかい場所で すこし こぼれたようでもありました。
どうぶつは
その音に しばらく じっと 耳をかたむけて
やがて 海のうえに
うつぶせになるように ねころびました。
海は やわらかく それをうけとめて
空は うすく そのうえに かさなって
夜が しずかに 深くなっていきます。
そして いつか
夜のまんなかに おちてきた
ひとつぶの しずくが
そっと 海のなかで
なにかの うたになりました。
それは だれにも きこえないまま
とても しずかで
とても やさしい うたでした。
いま あなたが きいているのは
もしかしたら
そのうたの つづきかもしれません。
あるいは
ただの 波の音かもしれません。
でも
それで いいのです。
そのまま
ゆっくり まぶたを とじて
うすい空と とおくの海の
あいだに ただ たゆたうように
おやすみなさい。

しずかな夜に
とてもとても おおきな海の
ごくごく はしっこのほうで
ひとつぶの みずのしずくが
ぽとん、と 空から おちてきました。
海は それに気づいて
すこしだけ 目をとじました。
「また ひとつ うたをもらったね」
だれかが そんなふうに つぶやいた気がして
風が かるく ゆれていました。
海には ときどき
そらから ことばのようなものが おちてきます。
でも どれも 文字にはならないし
声にも ならないまま
ただ うすい水になって
ぽとん、ぽとん、と
おちてくるだけ。
それでも 海は
それをうたのように うけとめて
とても ふかいところで
すこしずつ やさしく しずめていきます。
海のすこし なぎのほうに
ぽかんと うかんだ 岩がありました。
そのうえに ひとり
ちいさな どうぶつが すわっていました。
色は すこし うすい灰色で
かたちは まるくて
ちいさな てと あしと
ふしぎな みみをもった
しずかなどうぶつ。
名前は ありません。
どうぶつは 毎日
すこしだけ 遠くを ながめます。
おおきな船が とおくをとおった日もありました。
きいろい声が はしっていった日も
なにも聞こえなかった日も
ぜんぶ 海のなかに しまわれていきます。
夜になると
空と海の あいだが にじみます。
みずと 空の きわが
だんだん わからなくなって
星が ひとつ
波のなかに しずんでしまうこともあります。
でも
海は おこりません。
なにも もとめません。
ただ だまって
そのひかりを ふかく うけとめて
すこしだけ きらり、と
ゆらしてみるだけです。
ある夜
どうぶつは そっと 海にききました。
「きみは ひとりで さみしくないの」
海は こたえませんでしたが
ひとつの波が そっと 岩を なでました。
それは こたえではなく
ただの あいさつのようでした。
それから しばらくして
どうぶつは ゆっくりと たちあがって
すこしだけ 足もとを 海にしずめました。
すると
海のなかから とてもとても こまかい音がしました。
それは 砂のなかの貝が
とてもひくい声で なにかを うたっているようで
あるいは
だれかの おもいでが
ふかい場所で すこし こぼれたようでもありました。
どうぶつは
その音に しばらく じっと 耳をかたむけて
やがて 海のうえに
うつぶせになるように ねころびました。
海は やわらかく それをうけとめて
空は うすく そのうえに かさなって
夜が しずかに 深くなっていきます。
そして いつか
夜のまんなかに おちてきた
ひとつぶの しずくが
そっと 海のなかで
なにかの うたになりました。
それは だれにも きこえないまま
とても しずかで
とても やさしい うたでした。
いま あなたが きいているのは
もしかしたら
そのうたの つづきかもしれません。
あるいは
ただの 波の音かもしれません。
でも
それで いいのです。
そのまま
ゆっくり まぶたを とじて
うすい空と とおくの海の
あいだに ただ たゆたうように
おやすみなさい。