
きょうは 夜から
ぽつぽつ あめが ふってきました。
はじめは おそるおそる
つぎは しずかに しずかに
あめは まちのうえに
ふんわり おちてきます。
音を たてるでもなく
しゃべるでもなく
まるで 風の ひとりごとのように
ぺた ぺた
ぽつ ぽつ
ときどき ちいさく うたっていました。
まちのすみっこに
あめの夜にしか ひらかないとびらが あります。
それは だれかが
なんでもない ふうをして
とおりすぎてしまうような とびらです。
でも あめの日の 夜だけは
かぎが するん、と はずれて
そっと ひらくのです。
とびらのむこうには
ちいさな ちいさな お部屋がありました。
そこは「なみだの かわりに ながす ばしょ」
かなしかったことや
つかれてしまったことや
だれにも いえなかった きもちたちが
ちいさな みずたまりになって
ひっそり ゆれている部屋。
あめの日には
その部屋の いちばんすみに
ぽつん、と いすが ひとつだけ おいてあります。
すわっても なにも おこりません。
でも すわっていると
ときどき うすい声が きこえてきます。
「よくきょうまで がんばってきたね」
「それ、だいじに しまっておこうか」
「いまは なんにも しなくていいよ」
その声の ぬしは
だれも 見たことがありません。
けれど そのやさしい声は
みずたまりの おくのほうから
ふわふわ わいてきます。
あるとき
あめのなか とびらが ひらいて
そっと ひとりが はいってきました。
くつは しっとり ぬれていて
かさは なぜか たたまれていました。
なにかを かたることもなく
ただ そのひとは
ぽつん、と いすに すわりました。
みずたまりは ことり、と ゆれました。
しばらくして
みずたまりのなかから
うすい光が のぼってきました。
それは おもいでの かけらかもしれません。
それとも やさしかった日の すみっこかもしれません。
光は ひとのまえに ふわりととまり
そっと ひたいに ふれました。
すると ひとは
ことばを ひとつだけ こぼしました。
「ありがとう」
それから しばらくして
そのひとは たちあがり
もういちど ぬれたくつを はきました。
くるり、と ふりかえると
お部屋のなかの みずたまりが
すこし ふくらんで きらきらしていました。
「だいじに しておくね」
声が また きこえてきました。
それに うなずいて
とびらを そっと しめると
あめのまちは まだ しずかに ぬれていました。
あめの日には
だれにも 見えない とびらが
まちのどこかに ひらいています。
あなたが いつか つかれてしまったときも
そのとびらが そっと ひらいてくれるかもしれません。
かさをたたんで
しずかに たちどまって
ちょっとだけ みずたまりのそばに すわってみてください。
なにも しなくても
あなたのための うたが
そっと ながれてくるでしょう。

きょうは 夜から
ぽつぽつ あめが ふってきました。
はじめは おそるおそる
つぎは しずかに しずかに
あめは まちのうえに
ふんわり おちてきます。
音を たてるでもなく
しゃべるでもなく
まるで 風の ひとりごとのように
ぺた ぺた
ぽつ ぽつ
ときどき ちいさく うたっていました。
まちのすみっこに
あめの夜にしか ひらかないとびらが あります。
それは だれかが
なんでもない ふうをして
とおりすぎてしまうような とびらです。
でも あめの日の 夜だけは
かぎが するん、と はずれて
そっと ひらくのです。
とびらのむこうには
ちいさな ちいさな お部屋がありました。
そこは「なみだの かわりに ながす ばしょ」
かなしかったことや
つかれてしまったことや
だれにも いえなかった きもちたちが
ちいさな みずたまりになって
ひっそり ゆれている部屋。
あめの日には
その部屋の いちばんすみに
ぽつん、と
いすが ひとつだけ おいてあります。
すわっても なにも おこりません。
でも すわっていると
ときどき うすい声が きこえてきます。
「よくきょうまで がんばってきたね」
「それ、だいじに しまっておこうか」
「いまは なんにも しなくていいよ」
その声の ぬしは
だれも 見たことがありません。
けれど そのやさしい声は
みずたまりの おくのほうから
ふわふわ わいてきます。
あるとき
あめのなか とびらが ひらいて
そっと ひとりが はいってきました。
くつは しっとり ぬれていて
かさは なぜか たたまれていました。
なにかを かたることもなく
ただ そのひとは
ぽつん、と いすに すわりました。
みずたまりは ことり、と ゆれました。
しばらくして
みずたまりのなかから
うすい光が のぼってきました。
それは
おもいでの かけらかもしれません。
それとも
やさしかった日の すみっこかもしれません。
光は ひとのまえに ふわりととまり
そっと ひたいに ふれました。
すると ひとは
ことばを ひとつだけ こぼしました。
「ありがとう」
それから しばらくして
そのひとは たちあがり
もういちど ぬれたくつを はきました。
くるり、と ふりかえると
お部屋のなかの みずたまりが
すこし ふくらんで きらきらしていました。
「だいじに しておくね」
声が また きこえてきました。
それに うなずいて
とびらを そっと しめると
あめのまちは まだ しずかに ぬれていました。
あめの日には
だれにも 見えない とびらが
まちのどこかに ひらいています。
あなたが いつか つかれてしまったときも
そのとびらが
そっと ひらいてくれるかもしれません。
かさをたたんで
しずかに たちどまって
ちょっとだけ
みずたまりのそばに すわってみてください。
なにも しなくても
あなたのための うたが
そっと ながれてくるでしょう。