まちねこミルカと よるのいれもの

そのまちには よるになるとあらわれる ねこがいました。
名前は ミルカ。
からだは しろくて しっぽのさきだけ うすいきいろ。
あるいていると しっぽだけが ちいさな月のように 光ってみえるのです。
ミルカは どこにも住んでいません。
でも どこのうちにもすこしずつ しっている場所があって
毎日ちがうよるに ちがうまちを あるいています。

この晩 ミルカは
しずかな みずいろのよるを あるいていました。
電灯は ほそく ながく のびていて
すこし あしもとが きらきらしています。

「きょうは どこのよるに しようかな」

ミルカは まちのうえに おちている よるの きれはしを
そっと ひろいながら あるいていきます。
よるの きれはしは
くつしたのうらについた ゆきのかけらだったり
にわのすみにおちた ねがいごとの なごりだったり。
ひとつひとつ すこしずつ
ミルカの うすい ふくろに たまっていきます。

ミルカは それを
「よるのいれもの」とよんでいました。
そのふくろは とても とても ふしぎないれもの。
よるのなかの ちいさなできごとだけを
こっそり いれておけるのです。

「これは さっきなくなった ゆびわのひかり」
「これは まだとけていない かなしみのなかみ」
「これは わすれられていた おやすみのあいず」

そうやって ミルカは
だれかが おいていった よるのかけらを
そっとひろって ふくろにいれていきます。

まちは どんどん 静かになります。
しめられたまど
ねむったあかり
はるのにおい。
ふと とある まちかどで
ミルカは 立ちどまりました。

「……あれ?」

ぴたりと とまったのは
ちいさな わすれものが おちていたから。
ふかふかの クッションのうえに
まだあたたかい よるが のこっていました。

「だれかが ここで ねむるのを やめちゃったんだな」

ミルカは その あたたかいよるを
すこしだけ ふくろに うつしてから
クッションのそばに 自分のしっぽを くるりとまるめて
ちょこんと すわりました。

しばらくして
とおくの まどが すこしだけ ひらいて
ねむたげな声が ひとつ。

「……ミルカ?」
「うん ミルカだよ」
「……よかった」

そういって まどは また そっと しまりました。

ミルカは それから
ふくろをかかえて まちを ひとまわり。
「よるのいれもの」は もう いっぱい。
ミルカは そのふくろを
とある ひみつの みずたまりに そっと しずめました。
ぱしゃん、と ちいさな音。
ふくろのなかみは ぜんぶ すいこまれて
みずたまりのなかで やさしい 夢のもとに なっていきます。

それが終わると ミルカは しっぽを ひとふり。
きいろい さきっぽが
すこしだけ ぴかっと光って
やがて 静かに きえていきました。

よく朝 だれかの くつのよこに
ちいさな しろい ねこの毛が いっぽん
おちていたそうです。
それを 見つけた人は
ただ すこしだけ うれしそうに わらって
ポケットに いれて 出かけていきました。

そのまちには よるになるとあらわれる
ねこがいました。
名前は ミルカ。
からだは しろくて
しっぽのさきだけ うすいきいろ。
あるいていると しっぽだけが
ちいさな月のように 光ってみえるのです。
ミルカは どこにも住んでいません。
でも どこのうちにもすこしずつ
しっている場所があって
毎日ちがうよるに ちがうまちを
あるいています。

この晩 ミルカは
しずかな みずいろのよるを
あるいていました。
電灯は ほそく ながく のびていて
すこし あしもとが きらきらしています。

「きょうは どこのよるに しようかな」

ミルカは まちのうえに おちている
よるの きれはしを
そっと ひろいながら あるいていきます。
よるの きれはしは
くつしたのうらについた
ゆきのかけらだったり
にわのすみにおちた
ねがいごとの なごりだったり。
ひとつひとつ すこしずつ
ミルカの うすい ふくろに たまっていきます。

ミルカは それを
「よるのいれもの」とよんでいました。
そのふくろは
とても とても ふしぎないれもの。
よるのなかの ちいさなできごとだけを
こっそり いれておけるのです。

「これは さっきなくなった ゆびわのひかり」
「これは まだとけていない かなしみのなかみ」
「これは わすれられていた おやすみのあいず」

そうやって ミルカは
だれかが おいていった よるのかけらを
そっとひろって ふくろにいれていきます。

まちは どんどん 静かになります。
しめられたまど
ねむったあかり
はるのにおい。
ふと とある まちかどで
ミルカは 立ちどまりました。

「……あれ?」

ぴたりと とまったのは
ちいさな わすれものが おちていたから。
ふかふかの クッションのうえに
まだあたたかい よるが のこっていました。

「だれかが ここで
ねむるのを やめちゃったんだな」

ミルカは その あたたかいよるを
すこしだけ ふくろに うつしてから
クッションのそばに 自分のしっぽを
くるりとまるめて
ちょこんと すわりました。

しばらくして
とおくの まどが すこしだけ ひらいて
ねむたげな声が ひとつ。

「……ミルカ?」
「うん ミルカだよ」
「……よかった」

そういって まどは
また そっと しまりました。

ミルカは それから
ふくろをかかえて まちを ひとまわり。
「よるのいれもの」は もう いっぱい。
ミルカは そのふくろを
とある ひみつの みずたまりに
そっと しずめました。
ぱしゃん、と ちいさな音。
ふくろのなかみは ぜんぶ すいこまれて
みずたまりのなかで
やさしい 夢のもとに なっていきます。

それが終わると
ミルカは しっぽを ひとふり。
きいろい さきっぽが
すこしだけ ぴかっと光って
やがて 静かに きえていきました。

よく朝 だれかの くつのよこに
ちいさな しろい ねこの毛が いっぽん
おちていたそうです。
それを 見つけた人は
ただ すこしだけ うれしそうに わらって
ポケットに いれて 出かけていきました。