
あるところに
ちいさなスープやさんがありました。
おみせは 山の上にあります。
まわりには ほしが いっぱい。
とても しずかな ところです。
おみせの なまえは
「ほしのスープやさん」
おみせをしているのは
しろい ふくをきた
くまの クーク。
おきゃくさんは
ねむれない どうぶつたちです。
そのよる クークは
おみせのまえに しいた マットの上で
もうふを ひざにかけて まどのそとを ながめていました。
つめたい風が すこしずつ 山をのぼってくる よる。
あたりは ほとんど 音がありません。
そのとき
ざっ、ざっ、ざっ… と
ゆっくりした あし音が きこえてきました。
はじめは 風の音かとおもいました。
でも ちがいました。
とてもおおきな カメが
しずかに 山みちを のぼってきたのです。
「こんばんは」
クークが 声をかけると
カメは すこし まばたきをして あたまをさげました。
「こんばんは
この山の上に やさしいスープをつくる くまがいるって
うわさできいて きました」
「いらっしゃい」
クークは にっこりして ドアをひらきました。
おおきなカメは ドアをくぐるとき
すこし からだを ちいさくまげました。
そして おみせのすみの いちばんおおきなイスに
ゆっくり すわりました。
「じつはね、クークさん」
「うん?」
「ぼく すこし はやく あるきすぎたみたいなんだ」
「カメなのに?」
クークは すこしだけ くびをかしげました。
「まいにち おなじスピードで すこしずつ あるいていたんだけど
あるひ ふと、まわりに だれもいないことに きがついてね」
「まいごに?」
「ううん、そうじゃない。
だけど ちょっとだけ みちが さびしくなっちゃって」
クークは うなずいて
おなべに ちいさな火をいれました。
「じゃあ、“いっぽまえのスープ”が いいかもね」
「それは どんなスープ?」
カメが ゆっくりききました。
「いっぽ まえに もどれるスープ
ほんのちょっとだけ、ね」
くつくつ
ぽこぽこ
おなべのなかには
ほくほくの さつまいも
やさしいにおいの セロリと しろいんげんまめ
それから ひなたで かわかしたハーブを すこしだけ。
おなべの上に
やわらかく いろのない香りが のぼっていきました。
「どうぞ」
クークが スープを テーブルにおくと
カメは ながいくびをのばして うれしそうに おわんをみました。
スプーンをつかうのは すこし にがてそうだったので
クークは ちいさな おたまを そばに そえました。
カメは ゆっくり すくって
すこしだけ すするように スープをのむと
そのまま じっと 目をとじました。
「……これは、ぼくが はっぱのうえで
ゆっくり おひるねしてたときの においだ」
「うん」
「ひるまのことなのに
なんだか よるにも ぴったりだね」
「うん、ぴったりだね」
スープは からだのなかで
ひとつずつ すこしずつ
しずかに ひらいていくようでした。
いっぽ まえにもどるっていうのは
きっと なにかを なかったことにするんじゃなくて
なにかを あたためなおすことなのかもしれません。
カメは さいごのひとくちをのんでから
ふーっと ながい ながい いきを はきました。
「なんだか こころが ひらけてきたよ」
「うん よかった」
クークは しずかにうなずきました。
カメは そとにでると
「ゆっくり あるくね」
とだけいって
また ざっ、ざっ、と 音をたてながら
しずかに おりていきました。
クークは そのうしろすがたを ながめながら
おなべを あらいおわって ぽつりと いいました。
「また きみのスピードで
たどりついてくれたら うれしいな」
まどのそとでは
ひとつ ほしが ながれていきました。

あるところに
ちいさなスープやさんがありました。
おみせは 山の上にあります。
まわりには ほしが いっぱい。
とても しずかな ところです。
おみせの なまえは
「ほしのスープやさん」
おみせをしているのは
しろい ふくをきた
くまの クーク。
おきゃくさんは
ねむれない どうぶつたちです。
そのよる クークは
おみせのまえに しいた マットの上で
もうふを ひざにかけて
まどのそとを ながめていました。
つめたい風が
すこしずつ 山をのぼってくる よる。
あたりは ほとんど 音がありません。
そのとき
ざっ、ざっ、ざっ… と
ゆっくりした あし音が きこえてきました。
はじめは 風の音かとおもいました。
でも ちがいました。
とてもおおきな カメが
しずかに 山みちを のぼってきたのです。
「こんばんは」
クークが 声をかけると
カメは すこし まばたきをして
あたまをさげました。
「こんばんは。この山の上に
やさしいスープをつくる くまがいるって
うわさできいて きました」
「いらっしゃい」
クークは にっこりして ドアをひらきました。
おおきなカメは ドアをくぐるとき
すこし からだを ちいさくまげました。
そして
おみせのすみの いちばんおおきなイスに
ゆっくり すわりました。
「じつはね、クークさん」
「うん?」
「ぼく すこし
はやく あるきすぎたみたいなんだ」
「カメなのに?」
クークは すこしだけ くびをかしげました。
「まいにち おなじスピードで
すこしずつ あるいていたんだけど
あるひ ふと
まわりに だれもいないことに きがついてね」
「まいごに?」
「ううん、そうじゃない。
だけど ちょっとだけ
みちが さびしくなっちゃって」
クークは うなずいて
おなべに ちいさな火をいれました。
「じゃあ、“いっぽまえのスープ”が いいかもね」
「それは どんなスープ?」
カメが ゆっくりききました。
「いっぽ まえに もどれるスープ
ほんのちょっとだけ、ね」
くつくつ
ぽこぽこ
おなべのなかには
ほくほくの さつまいも
やさしいにおいの セロリと
しろいんげんまめ
それから ひなたで かわかしたハーブを
すこしだけ。
おなべの上に
やわらかく いろのない香りが のぼっていきました。
「どうぞ」
クークが スープを テーブルにおくと
カメは ながいくびをのばして
うれしそうに おわんをみました。
スプーンをつかうのは
すこし にがてそうだったので
クークは ちいさな おたまを
そばに そえました。
カメは ゆっくり すくって
すこしだけ すするように スープをのむと
そのまま じっと 目をとじました。
「……これは、ぼくが はっぱのうえで
ゆっくり おひるねしてたときの においだ」
「うん」
「ひるまのことなのに
なんだか よるにも ぴったりだね」
「うん、ぴったりだね」
スープは からだのなかで
ひとつずつ すこしずつ
しずかに ひらいていくようでした。
いっぽ まえにもどるっていうのは
きっと なにかを なかったことにするんじゃなくて
なにかを あたためなおすことなのかもしれません。
カメは さいごのひとくちをのんでから
ふーっと ながい ながい いきを はきました。
「なんだか こころが ひらけてきたよ」
「うん よかった」
クークは しずかにうなずきました。
カメは そとにでると
「ゆっくり あるくね」
とだけいって
また ざっ、ざっ、と 音をたてながら
しずかに おりていきました。
クークは そのうしろすがたを ながめながら
おなべを あらいおわって ぽつりと いいました。
「また きみのスピードで
たどりついてくれたら うれしいな」
まどのそとでは
ひとつ ほしが ながれていきました。

