みかんのお茶会

みかんのお茶会

S1-K.01 ⋯ ②
S1-K.02 ⋯ ② ①
S1-K.03 ⋯ ①
S1-L.01 ⋯ ③
S1-L.02 ⋯ ③

② 2択の決断を外す

すごくライトな話題!!!!

2択問題は人生のあちこちで現れる。
どっちのバスに乗るのが早いか
ソースをかけるか醤油をかけるか
浪人するか滑り止めの大学に進学するか
この人と一緒にいるか別れるか
どっちの列に並べば早く保安検査場抜けれるか

タクシー呼んじゃうとか塩をかけるみたいな第3の選択が許されることもあるが、余計な選択肢が増えたとて「正答率」は下がるだけ。
「2択の決断を外す」そんな人生だと考えてしまうのは、実際は失敗が強く印象ついているから?成功体験って意外と忘れてしまうから?
2択に限らず、決断する上での論理や洞察力が欠如しているだけでは?反射やノリで生きすぎて決断を盲目的に行なっている結果なのでは?

このメモを書いている飛行機で、ビーフorチキンって聞かれてたら絶望していたかもしれない。

日本時間午前2:30
本当に聞かれた。焼き鳥丼orハンバーグ。つい「反射」的に焼き鳥!と元気に答えてしまった。
後生、チキン野郎と呼ばれることになるかもしれないけど、焼き鳥美味しかった🙆

遅くて細いエレベーターのホテルかベッドでかいけどユニットバス細いホテルかの2択で、後者を選んだけど、前者でも良かったなあ…(3泊)

① ポジティブな想像をできるようなりたい?

想像の●割は起こらないなんて、ありふれたお話し。
それでも自動的にネガティブな想像に流されてしまう。ネガティブに流されること自体はリスクを検証したり対策を考える上で有用なことだと思うけど、僕はネガティブを使いこなせていない。
ただ暗くて悲しい気持ちになって消耗するだけ。
現実では思い至らないトラブルが起こりがち。

ポジティブなら?
上手くいくことへの予習が自分でできるから、過程を検証したり気持ち楽に未来を向くことができる(と思う)。
余計な思考にリソースを割かなくていい。
「引き寄せの法則」(スピの文脈で語られるけど、自分の理想を自分の中で準備する点では有用だと思ってる)のように、想像していたことに繋がる兆候を発見しやすくなる。

無理したポジティブ思考をしなくていいは、ポジティブに憧れてる人の幻想?

③ 敬語を使う(抜けない)のはなぜ?

例えば、同じ職業の同じ年や年下の友達でも敬語を使わないで話すことがすぐにはできない。
学生時代はできてた気がするけど、社会人になってどんどんできなくなった。

・なんで問題意識がある?
人間関係を深める上で妨げになることがある気がする。外すことができるのは、相手が敬語で話されるの嫌だろうなとか、僕に距離を取られているように感じさせてる感じが伝ってきた時など、敬語で話すことがデメリットになるときくらい。自発的にタメ語に移行することはほとんどないのかも。

・敬語で話している方が自分としては楽。なんで?
友達認定の基準が厳しい?(=タメ語を使うのは友達認定?)
お互いの不快にならない距離感でのコミュニケーション(上部だけともいう)
心の距離を縮めるor心を開くのが苦手?
別に誰とも”仲良く”したいわけではないからフィルターを設置している?

・学生時代はできてたのはなんで?
明確に年数の(形式的な)上下構造があるから?同階層以下なら敬語を使わなくていい保証があるから?
でも、自分が後輩からタメ語を使われても怒ったことはない。「なんやこいつ」と思うことはあるけど、怒るほどのことでもない。
対人関係に弱い、いわゆる人見知りの言動は学生時代の方がひどかった。社会人になって治ったor治したと思ってたけど、治ったと思っているだけ?

・”ビジネス上のコミュニケーション”だけが上手くなってしまった?
仕事上だったり、コンテンツを作っていく上でコミュニケーション能力が求められることが多い。自分の中身の能力を超えるものが求められるから、コミュ力高い人の仮面をかぶることにしたのかもしれない。外からの要請がある範囲でのコミュ力だから、追いついていない中身との乖離が、敬語とタメ語の境界線を作っている?

・自己開示が好きでないという性格と関連している?
他人に知られたくないという防衛本能というより、自分の中を表現することができないのかもしれない。それは言葉が見つからないというより、表現する題材がないことの方が近いのかもしれない。自分が空虚であることを知られたくない?何かの見栄?相手を本質的に信頼していない?

・よく考えると、”さっぱりした関係”の人には敬語使わないかも
お互い深いとこまでの興味はそんなにないから、どんな姿を見せられても流せてしまうのかもしれない。